【恋愛小説】天使が舞い降りた日<20>

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完全公開 【恋愛小説】天使が舞い降りた日<20>


外から車内に吹き込む風が、彼女の髪を揺らしていた。

今日はなんだか夏めいていて、日差しも若干強めだった。

彼女は、髪の毛を押さえながら、窓の外を見つめている。

俺達はしばらく他愛も無い話をしていたが、彼女がふと、昨日の話を持ち出した。

「昨日とても大きな岩を見たんですけど、あれは、ここの名所なんですか?」

・・・彼女と初めて会った所にある、岩の事か。

今でもはっきりと思い出せる、あの時の、彼女の姿。

あの時も彼女は、今の様になびく髪を手で押さえ、そして俺の方を見ていた。

あの時と違うのは、彼女の髪が金色で無い事くらいだ。

今は「天使」ではないけれど、悲しげでなくなった彼女を見ている方が、
俺の心は安らいでいた。

昨日の印象とは変わって、無邪気で、楽しそうに笑っている彼女は、
別の意味でも、天使の様な感じがした。

声色も昨日と随分と変わって、明るく弾んだ様な印象を受ける。

昨日は、よほど消耗していたのだろう。

意外なほどに良く通る声で、嬉しそうに話していると、
まるで、鈴の音色が耳に届くかの様だ。

彼女は、車から見る外の景色を、楽しんでいる様だった。

昨日のあの様子だと、この辺りはあまり見れていないんだろうな。

少し井七里について説明していると、彼女は随分とのんびりした口調で、こう言った。

あの、私、ここが何ていう所か知らないんですけど、何ていう所なんでしょう・・・。」

その様子があまりにもおかしくて、つい俺は笑ってしまった。

「何も聞かされないで、ただ連れてこられただけだったのか。」

それにしても地名も聞いていないなんて、思っていた通り、天然な子なんだな。

―――駅名も、井七里なんだが。

「気分転換に良い場所を知ってるからって・・・。 それだけしか聞いてなかったんです。」

まぁ、駅名を見たりする余裕もないくらい、強引に連れてこられたのかもしれないな。

高速に乗り、しばらくまた井七里の説明をしていたが、俺は、それとは違う事を考えていた。

・・・彼女は今日、あの男と会うのだろうか。

あの男の話題が出て、また俺は気になり始めた。

もし今日会うのだとしたら、彼女は、無理に明るく振舞ってはいないだろうか。

そうだとしたら、そんな事はして欲しく無いと思った。

俺は、まだ、あの男と彼女が、どんな関係かは知らない。

仕事先の人とは聞いたものの、結局の所、男女の関係なのかはまだ解らない。

でも、彼女には、辛い思いをさせたくなかった。

そう考えると、彼女にあの男の事を尋ねる言葉が、口を衝いて出ていた。

「・・・昨日一緒に来た相手は仕事先の人だって、確か君から聞いたと思うんだが、
今日は、その男と会うのか?」


すると、彼女は少し慌てた様な印象で、説明を始めた。

やはり彼女は、今日、あの男と会うらしい。

でもそれだと、あの男と仕事先で2人っきりになる様な事があったら、
彼女はまた、昨日の様になるんじゃないのか。

俺は、それだけが気がかりだった。

「君は昨日随分辛そうだった様に見えたけど、そいつと会って平気なのか?」

言った後で後悔した。

俺の言葉は、彼女を追い詰めたんじゃないだろうか。

少し横目で彼女の様子を窺うと、少し思いつめた様に見えなくも無い。

「あの人は、仕事に対しては真面目な人だから、
とりあえず打ち合わせ中は、何も言ってこないと思います。
打ち合わせが終わったら、早々に帰ろうとは思ってますけど・・・。」

・・・とりあえずは、大丈夫なのか。

でも、やはり俺の言葉は、彼女を追い込んでしまった様だ。

少しずつ彼女の表情が、苦しげなそれに変わっていく。

「あの、私、あの人とは付き合ってるとかじゃなくって、本当に何も無いんです。
だから、旅館に誘われた時、本当に驚いてしまって・・・。」

切なそうに俺を見ているその面持ちは、本当に辛そうだった。

彼女に辛い思いをさせるつもりは、全く無い。

それなのに、あの男とは何も無いと彼女の口からはっきりと聞いた時、
安心している俺がいた。

―――俺は結局、自己満足の為に、彼女を問い詰めたのかもしれないな・・・。

「ごめん、ちょっと気になっただけなんだ。
君が無理して仕事に行こうとしてないんなら、別に良いんだ。
もし、嫌な事を思い出させてしまったら、悪かった。」

本当に申し訳ない気持ちで、心が満たされていた。

「そんな、謝らないで下さい。 心配して頂いて嬉しいです。
私、ちゃんと説明しようと思って、でも、うまく言えなくて・・。」

・・・この子は、本当に良い子だな。

それなのに俺は、妙に勘ぐってしまった様だった。

彼女にこう言ってもらえて、何だか救われた様な気分になる。

次のPAまで、あと800mとの表示が目に入った。

丁度良かった。

「昨日の君の様子だと、あの男に会うのが無理そうに思ってさ。
でも、君が大丈夫って言うなら、それで良いよ。
・・・次のPAで休もうか。 少し俺も休憩したくなってきたから。」


俺は、少し頭を冷やした方が良さそうだ。

そう思いながら、車を左の車線に寄せた。



八ヶ岳横断道路
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