彼が、笑った様な気がした―――。
もしかしたら見間違いかもしれないけど、なんだかそんな感じがした。
彼は、私がここに居て驚いただろうに、そういった事は表に出さず、
穏やかに笑ってくれていた。
私に余計な心配をさせまいと、彼が気遣ってくれたのだろうか。
もしそうだったら、本当に良かった・・・。
彼と、もう二度と会えなくなるのが、一番怖かった。
でも、きっと大丈夫だ。
なんとなくそんな感じがする。
彼は、製作サイドの人達と、別室に入って行った。
彼と一緒にいるのは、私の様な立場の人間は、めったに会わない人達ばかりだ。
中でも城山さんは、総括的な立場の方で、私は1度しか会った事がない。
なんだか、彼が遠い存在の様に思えた。
彼って、凄い人だったんだなぁ・・・。
そんなに有名じゃないって言ってたのに、少なくとも番組を1つ手がけていた。
多分、これ1つでは無いだろう。
そういえば私、昨日、彼のお仕事の邪魔をしちゃったんだ・・・。
悪い事してしまったなぁ・・・。
今更ながら後悔した。
もういいよ、と言う、彼の顔が浮かんでくる。
きっと彼なら、そう言うんだろうな。
なんだか楽しくなってしまった。
「なんだ、中塚さんに一目惚れでもしたか。」
ふと横を見ると、林
崎さんがいた。
「いえ、そういう訳じゃないんですけど・・・。」
「そうか? 中塚さんを見てから、えらく嬉しそうじゃないか。
・・・君以外の子達も、目の色を変えてるがな。」
他の声優の人達を見ると、林
崎さんの声が耳に届いていたらしく、
みんな照れ笑いをしていた。
「それも、しょうがないか。 変なタレントよりは格好良いしな。」
なんだか、褒めているのか良く解らない表現をした。
でも、みんながそういう目で、彼を見るのも良く解る。
私も昨日、彼と知り合って暫くの間は、ずっと見とれていたし・・・。
「選んでもらえたら、また会えるんじゃないか?」
彼は、誰を歌い手に選ぶんだろう。
彼が誰を選んでも、それは私がどうこう言う話じゃないけど、でも、
彼に色めきたっている人達の中の誰かが、また彼に会うんだとしたら・・・。
なんだか、少し釈然としない感情に捕らわれた。
「選んでもらいたいか?」
また、口添えするとでも言うのだろうか。
きっと、彼ならそんな事は意に介しないと思う。
そういう人じゃない。
人の意見よりも、自分の考えをきっと貫くだろう。
「中塚さんがお決めになられる事ですから・・・。」
私がそう言うと、林
崎さんは鼻白んだ表情で、別の声優の人に声を掛けに行った。
もしかしたら、私以外の人にも、同じ様な事を言っているのかもしれないな・・・。
しばらくすると、別室から何人か出てきた。
それに続く様に、城山さんと彼もこちらに来た。
城山さんと彼は、随分と楽しげに話をしている。
話は上手くまとまったのだろうか。
それなら、このまま歌い手を選ぶ事になる。
「それでは、また後ほどご連絡を差し上げます。
今日は本当にありがとうございました。」
そう言って、城山さんが、彼に頭を垂れていた。
「いえ、お礼を申し上げなければいけないのは、こちらの方です。
今後とも、どうぞ宜しくお願いします。」
彼も深く頭を下げ、そして、スタジオを出て行った。
あれ・・・?
どうしたんだろう。
今から決めないのかな?
それとも、主題歌の話は無くなっちゃったのかな・・・。
別室に移らなかった人達は、みんな不思議そうな顔付きだった。
「どうしたんですか?」
林
崎さんが、問いかけた。
すると、城山さんが満足げな顔をして、こちらを振り返った。
「決まったよ。」
「でも、誰が歌うか、決めないんですか?」
「それも決まった。」
一呼吸置いて、城山さんが話を続けた。
「白羽さんだ。
中塚さんは、もう決めていたそうだ。
白羽さんの声が、一番イメージに合うとおっしゃっていた。」
告げると同時に、みんなが一斉に私の方を見る。
私・・・が・・・・・・?
「アニメを見られて、すでに彼の中では決まっていたらしい。
今日来られたのは、再確認のつもりだったそうだ。
でも、やはり、白羽さんが良いとの事だったよ。 ・・・おめでとう。」
城山さんは、最後の一言を発しながら、私の方を見た。
「・・・ありがとうございます。 頑張りますので、宜しくお願いします。」
それだけ言うのが、精一杯だった。
彼はすでに、私に決めていたって城山さんは言っている。
さっき、彼がこのスタジオに入ってきた時、彼は私を見て、
戸惑った表情は見せていなかった。
仕事中なのだから、内心を顔色に出さなかったのだろうとは思う。
でも・・・、いつから彼は、私の事に気が付いていたのかな・・・・・・。
―――本当に、私で、良いんだろうか・・・。
「中塚さんは、まだ少し曲に手を加えたいそうだ。」
曲が出来次第、また改めて日取りの連絡をするからと言って、
城山さん達は帰って行った。
何となく重苦しい雰囲気の中、林
崎さんが今日は解散だと告げた。
なんだか居辛い気がするので、早々に帰ろうと思ってバッグを手に取ると、
携帯のメール受信ランプが点灯しているのに気が付いた。
メールを開くと・・・・・・彼からだった。
『今日、君の仕事が終わったら会えないか? 少し話をしたい。
しばらくこの辺りにいるから、終わったら連絡を欲しい。』
私は、彼にメールの返事をしながら、足早にスタジオを後にした。
彼に聞きたい事は、沢山あった。
http://www.tokyo-date.net/about/