少し賑わっているが、仕方ないか。
「禁煙席で良いか?」
なんだか、気の抜けた様な感じになっている彼女に、そう問いかけた。
「あ、はい。 どこでも大丈夫です。」
店員に意向を伝え、俺達は導かれるままに、窓側の席へと座った。
「喫煙席が良かったか?」
そう俺が尋ねると、彼女は驚いた様子で、禁煙席が良かった、と答えた。
「都内に向かっている途中で、タバコの話なんかするから、あの時は少し驚いたよ。
もしかしたら吸うのかと思ってさ。」
そう笑いながら彼女に話しかけると、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
まだ、彼女の中では、すっきりしていない感じだな。
不安げな感じはしなくなったものの、なんだか、ぼんやりとしている。
時計を見ると、5時だった。
少し早いが、ここで晩飯を食べてから帰るか。
「俺は何か食べようと思うんだが、君はどうする?」
彼女はメニューを見て考え込んだ後、食べていくと告げた。
食べたいものは決まったらしいので、店員を呼んで、俺達は注文をした。
さて、どう説明しようか・・。
色々と悩んでいると、彼女が口を開いた。
「あの、城山さんから聞いたんですけど、今日こちらに来られる前に、
もう歌い手を決めてたっていうのは、本当ですか?」
彼女の方から切り出してくれて、丁度良かった。
「あぁ。 ・・・まぁ、大体そうだな。
でも、台詞を言う時と普段の声は違うだろうから、それを確認しに今日は来たんだ。
実際に声を聞いて、それで判断しようと思ってさ。」
「じゃあ、どうして、聞かずに帰ってしまったんですか・・・?」
彼女が一番ひっかかっている所は、ここなんだろうな。
車の中では少し表情が和らいでいたのに、また、思いつめている印象を受ける。
「誤解をしない様に、最後までちゃんと聞いて欲しいんだが、
俺は、君の声が本当に良いと思って、君に決めたんだ。
それだけは、解って欲しい。」
俺は、彼女の返事を待たずに、そのまま言葉を続けた。
「昨日までは、全員の声を聞いて、それで判断しようと思っていた。
でも、今朝、君の楽しげな声を聞いて、あの曲には、
こんな声が合うんだろうなって思ったんだ。」
彼女は、黙って俺の話に耳を傾けていた。
「・・・君の名前を知る前に、俺はそう思った。
そうしたら、たまたま君が、今日会う相手の1人だったんだ。
だから君は、何も気にする必要は無いんだ。」
ほんの少しの静寂が訪れた後、彼女の方から言葉を発した。
「・・・他の人の声は聞かなくて、それで本当に良かったんですか?」
彼女は、まだ不安そうな目をして、俺を見ていた。
「あぁ。 俺の曲のイメージに合うのは、君の声以外には考えられないよ。
だから俺は、君と出会えて、本当に良かったと思っているんだ。」
すると彼女は、ほんの少しだけ笑顔を見せながら、呟いた。
「なんだか、信じられないです・・・。」
彼女は、まだ少し戸惑っている様子だった。
普通なら、喜んで終っても良さそうなものなんだが、
でも、これが彼女の良い所なんだろうな。
俺は、こんなに純粋な子と知り合った事は、今まで無かった。
そういった意味でも、彼女と知り合えて良かったと思う。
昨日会ったばかりなのに、どうやら俺は、随分と彼女に惹かれているらしい。
「君が信じられる様になったら、信じてくれれば良いよ。
でも俺は、君以外の人を選ぶつもりは、全く無いんだ。
・・・君がこの仕事に乗り気で無いなら、それは仕方が無いと思うけどな。」
俺がそう言うと、彼女は少し慌てた様な雰囲気になった。
「私、中塚さんがおっしゃってる事を疑っているとか、本当にそんなんじゃ無いんです。
それにこのお仕事だって、ずっと前向きに考えていましたし、本音を言えば、
私に決まってとても嬉しいんです。
ただ・・・どうして、私なんだろうなぁって思って・・・・・・。」
そう言って、彼女はうつむいてしまった。
彼女に言葉を掛けようとした時、ちょうど料理が運ばれてきた。
「じゃあ、とりあえず食べるか。」
はい、と彼女は言ったものの、なんだか元気が無い。
運ばれてきた料理を見ただけで、食べようとはしなかった。
「・・・今朝高速に乗る少し手前で、井七里の話をしていた時にさ、
君は本当に楽しんでいる様に、俺には思えたんだ。」
彼女は不思議そうな目をして、俺の方を見た。
こんな話をする理由が、彼女には解らない様だった。
「さっきも言ったけど、その時の君の楽しそうな声に、俺はとても惹かれたんだ。
あの時は声優だって知らなかったから、君の良く通る声が意外に思えたよ。
でも、それ以上に印象的だったのが、君の声その物なんだ。」
彼女は、微動だにせずに、俺の方を見つめている。
「まるで鈴の音色の様に感じて、本当に綺麗な声だなって思ったんだ。
・・・それが、君を選んだ理由だよ。」
しばらく彼女は何も言わず、ただ、俺を見ていただけだったが、
俺も何も言わずにいると、彼女は、恥ずかしそうに口を開いた。
「鈴だなんて・・・。 なんだか恥ずかしいですけど、でも、嬉しいです。
その・・・、私、色々と疑う様な事を言ってしまって、すみませんでした。」
彼女が照れている仕草を見ていると、なんだかとても可愛く思えた。
「良いよ。 君がそう思うのも、無理は無いと思う。
だから、君が納得するまで話をしようと思って、メールを送ったんだ。」
「・・・何だか色々と気を使って頂いて、本当にありがとうございます。」
お礼なんて、別にいいんだがな。
俺がそうしたくて、やってるんだから。
「君は、俺にいつも気を使ってるな。 ・・・そんな事より、食べないと冷めるぞ。」
そう笑いながら彼女に話しかけると、やっと彼女は、いつもの笑顔を見せた。
・・・これを食べたら、彼女を送って、俺も家に帰るか。
俺に気を使う彼女に、何と無く寂しい気持ちを覚えていた。
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