先方とは順調に話が運び、8時過ぎには車に戻ってくる事が出来た。
さて、カナに電話を掛けるか・・・。
まだ何も作っていない様なら、どこか食べに行っても良いんだが、取り合えず、
一度カナの家に戻った方がいいだろうな。
これから作る様だったら、折角だし、タクシーを呼んで駅前の店にでも行ってみるか。
色々と考えを練りながら携帯を取り出すと、メールの受信表示が目に入った。
メールを開いてみると、やはり彼女からだった。
『お仕事が終わったら、電話して下さい。』
・・・何と無く、気に掛かる文面だな。
絵文字も無いし、いつもより随分と短い。
メールの受信時刻を見ると、19時12分となっている。
1時間ほど前か・・・。
遅くなるかもしれない事は伝えてあったし、差し当たり問題は無さそうに思える。
何か作業をしながら打ったのかもしれないし、気にする程でも無いか。
俺が家に着く時間に合わせるつもりで、料理を作っているのかもしれないな。
特には気にしない事にして、リダイヤル画面の一番上にある彼女の名前を選択し、
電話を掛けた。
1コールが鳴り終らないうちに、通話中の表示へと切り替わる。
「・・・義人さん?」
何と無く、元気が無さそうな声だった。
「今、終わったよ。 これから、そっちに行くけど・・・、」
晩飯の事を聞こうかと思った時に、若干の雑音が耳に付いた。
てっきり家に帰っていると思っていたのだが、未だ外に居るのだろうか。
「・・・今、どこに居るんだ?」
少し間が置かれた後に、彼女の声が聞こえてくる。
「赤坂駅の近くにある、
コーヒーショップなんですけど・・・。
あ、えっと、いつもの公園のすぐ側です。」
確か、公園から駅に向かう途中に、そういう店があった様な気がする。
それにしても、まだスタジオの辺りにいたんだな。
仕事が長引きでもしたのだろうか。
元気が無い様に感じるのは、仕事で疲れているだけなら良いんだが・・・。
「じゃあ、今から向かうよ。 ・・・それとも、先に帰ってるか?」
先程よりも長い間があいてから、彼女の声が耳に届く。
「・・・ここで待ってても良いですか?」
やはり、彼女の声に、いつもより生気が感じられない様に思う。
―――仕事の愚痴程度なら、後でいくらでも聞けるが・・・。
1時間前に短い文面のメールがあり、そして未だ彼女は家に帰っていなかった。
その間、ずっと俺を待っていたのだとしたら、少し彼女の様子が気に掛かる。
何か、辛い事でもあったのだろうか。
「そんなに時間は掛からないとは思うが、少し待っててくれるか?」
「はい。」
その声色は、先程よりは、幾らか落ち着いた様な印象を受けたのだが、
「仕事が終わってから、ずっとそこに居たのか?」
と、俺が何気なく尋ねると、彼女は黙ってしまった。
特にこれといって含んだ物言いをしたつもりは無かったのだが、思いの外、
彼女は敏感な反応を示した様だった。
「さっき・・・。」
どう言葉を掛ければ良いものか悩んでいると、彼女が話し始めた。
「義人さんがいつも車を停める場所から見える、バラ園に行ったんです。」
・・・バラ園?
あぁ、そういえば、あの公園には、バラの花が咲いてたな。
開花時期のそれぞれ異なった品種が植えられていた様で、彼女を初めて送った日から、
ずっと花が在った様に思う。
多分、彼女はそこに行ったのだろう。
「そこに暫く居たから、この店に来たのは、ついさっきなんです。
でも・・・、バラの花は全部散ってて、ちょっと残念でした。」
随分と、寂しげな印象を受ける口ぶりだった。
あまりバラ園は楽しめなかったんだな。
―――いや、でも、花が無いのに、暫く居たと言うのは、少し妙だな。
「・・・暫くそこに居たんなら、寒かったんじゃないか?」
彼女が仕事を終えてから向かったのだとしたら、夕刻の筈だろうし、
特に目的も無く、長居をするだろうか。
「えっと、そんなには気にならなくて・・・。 」
俺でも少し肌寒いと感じるのに、目的があって、それに熱中していたのならともかく、
気にならなかったと言うのは気に掛かる。
やはり、何かがあった事は確実だろうな・・・。
そう思っていると、彼女は、
「そこで、お父さんに電話をしてたんです。」
と言って、再び黙り込んでしまった。
ひょっとすると、彼女は父親と何かあったのだろうか。
もしそうなのだとしたら、恐らくは込み入った話になるだろうし、電話では無く、
直接聞いた方が良さそうだな。
「これから運転するから、電話は出来なくなるが、それでも平気か?」
この状態の彼女を、其のままにするのは心配だが、仕方が無い。
「・・・はい。 待ってます。」
電話を掛けて直ぐの時よりは、声色が良くなった気がする。
「メールなら信号待ちの時に返せるから、大丈夫だよ。 ・・・じゃあ、また後でな。」
そう言って、電話を切った。
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