子どもの頃、私の母はかなりの 「暴君」でした。
子ども心に、早く家を出たい、そればからり考えていましたが、
トラウマとでもいうのか、自由になる事はかえって出来ませんでした。
体にアザをつくり、それを隠す為にわざと転ぶ、そんな子どもでした。
どうにか高校の進路指導。やっと就職して家をでれると思っていたら、
親の猛反対にあい進学と相成りました。
親元から離れ、自由になり、アルバイトもバリバリでき、
気持ちも懐も暖かくなり、遊びあるき自由を満喫。
そんな時代からの思い出です。
・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ ・・・・・・
毎日、好きなことを好きなだけできる。
誰にも監視されない喜び、生活もさらに不摂生になったが、
夜遊びも、堂々とできる。
当時はかなり、モテタと思う。とっかえひっかえ、男はいたし。
そんな時、また、鼻血が中々止まらない事が続いた。
それでも、実習に行ったり、バイトしたり、ナンパしたり。
実習が終わった時、身体中に青アザがあることに気づいた。
別に、虐待されたわけじゃない。
その時、中学の時、同様に思い当たらないアザが出来た事を思い出した。
その時は、唇も腫れ、様子がおかしくて病院に行ったら、
「薬の副作用」とかなと、「蕁麻疹の一種ですね」と診断され
注射をして、4..5日でアザが消えたのを思い出した。
学校に帰ると、プール実習がある。
「やばいな~何言われるか・・・」そう思って、病院に行った。
地元の町医者は、総合病院を紹介し、その病院は大学病院を紹介した。
私は、学校のある大学病院に行った。
「膠原病」当時では 聞きなれない病気。
貧血、血小板減少・・・訳のわからない言葉が飛び交う。
入院
毎日が、検査検査だった・・・一種のモルモットだったのかもしれない。
アザが消えたと同時に、関節も腫れだした。
「むくんできるよね?前もあった?」そう聞かれた。
中学の時はどうだっただろう・・・浮腫んでいたのだろうか。
動けるのに規制される日々。血中酸素も減っているといわれる。
別に、息切れは当たり前だったから苦ではないのに。
何が原因でどうなるかも、当時はわからなかった。
(未だに判らないけど)
実際、その病であるかも・・・わからなかったのだ。
学校には戻れない・・・
何やってんだろう。なにやってきたんだろう。
グルグルと、考えて見るけど、思い浮かぶ事すらなくなった頃。
私は恋をした。