いつから好きになっていたんだろう。
いつから、目で追うようになっていたんだろう。
いつから、声を認識できるようになっていたんだろう。
気づくと、そこに彼は居た。
同じ病院で入院していた人で、当時は何の病かもわからなかったけど。
病棟の、書籍棚に行くと、いつもそこで本を読んでいた。
ある時、私が返した本を、「あーそれ、読みたかったんだ」って言って声をかけた来た。当時は見るからに「元気」そうだったけど。
本の話から始まり、内容から、感想から・・・
意見は違ったりしても、いつも笑って聞いていた。
話せる楽しさより、受け入れてくれたという、安心感が心地よかった。
圭介 彼の名前だった。
私より3つ上の、大学生だった。(学校は違ったが)
驚くほど、本を読んでいた。それもジャンルも違うのに。
「広く浅くかな」
「ここは退屈だからさ」
喫茶室の窓の外を眺めながら、そう話した。
「あのさ、知識として本にとっついてんじゃないんだ。時間つぶしだよな」
「あー、そうかも」
実際、身体が楽になっていた私も、時間をもてあましていた。
投薬・点滴などの、「やらなければいけないこと」をクリアーすれば、
比較的自由に動けたのだ。
彼が実際、どこが悪くて入院していたかは、聞いていなかった。
いや、聞けなかったのだ。同様に、彼も、私にはたずねてこなかった。
たとえ、聞かれても答えられなかったと思う。
無関心・・・自分の事に無関心になっていた。そう装っていたのだから。
それを尋ねない代わりに、圭介は聞き上手だった。
私は、少しずつ、自分をあらわにしていったのだと思う。
家の事、母のこと・・・学校の事
そして、今の病の事、聞かれないのに話していた私。
「お前って、意地っ張りだな」
「そっかな」
「もう意地張るなよ」
そんな会話も当たり前になっていった。
自分を繕わなくてもいい会話。
今までだって、恋をしなかったわけでもなく、
付き合わなかったわけでもないのに。
心地よい・・・そういう関係。
そんな彼にどんどん、のめりこんでいった。病棟の廊下で、彼をさがす。
用もないのに、図書コーナーに何度も通う。
飲みたくもない、お茶を給湯しに行く。
まるで、子犬が飼い主を探しあるくかのように、彼の姿を追った。
彼を探してるんじゃないのよって顔で、
でも、心の中では 「会いたいに!」「どこ?」と泣きながら。
エレベーターの中でばったり出会った時、
私はもう泣きそうだったのだと思う。
何も、言わずに手をつかみ引き寄せられた。
「ここにいるから。心配すな」
そういって、屋上のボタンを押した。
「風もないな」
屋上にでた彼は、そう言うと私を外に促した。
陽の光が目に痛い。
「暖かいね」 歩きだした私の手を握り、「走るんじゃねえぞ」と笑った。
外・・外の空気は、アップアップしていた私には、ご馳走だった。
思ったより、狭い屋上。
フェンス越しに見える町並み。路面電車も見えて来た。
「俺な、お前の事、好きだから。大好きだから心配するな」
繫いだ手を、フェンスの上に出して彼が言う。
通りを見ながら彼が言う。
「ほら、手は繋がってるのは、見えるだろ?気持ちの繋がりは見えないだろ」
「うん」
「でもな、俺が繋がっているって思えば繋がっているんだ。お前もそう思えば、俺と繋がっているんだ。それが、信じるってことさ。」
「見えないからこそ、繋がっていられるんだ」
見えないのに、繋がる。見えないから繋がっていられる。
一種の、彼の人生観だったのかもしれない。
目で見えるものが全てではない。
そう、言いたかったのかもしれない。
いや、若かったんだろうな・・・二人とも。
言葉に酔っていたんだろうな。
「ひと目見た時から、繋がってるなって思ったんだ」
「俺は、こうなるって思ってたよ」
抱き寄せ、キスを交わし、何度も言う 「好きだから、大丈夫だから」
初めてでも無いのに、男を知らないわけでもないのに。
無性に振るえ、そして泣き・・・うなづく。
退院したら最初に何する??
この会話がいつもあった。
「海」 「外食」 「旅行」 「図書館」 「動物園」 ・・・・
でも一番は、二人で手を繫いで歩こうね・・・
そういって彼は、毎日のように顔を出してくれて、その頃には病棟でも認知され、
ひやかしの対象でもあった。
「定期便がきたよ~」そういって入って来た。
担当医などは、「これで、幸せ太りでもすりゃ、愛の力だよ」と笑っていた。
その度 「俺がいるから大丈夫です」と返す彼。
でもこの事は、2週間に1度来る両親には、話せなかった。
父にだけ、話したいと思っていた。永遠にその機会はなかったが・・・。