私の介護体験(7)

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renren
2008年4月 3日 14:45 | renren

完全公開 私の介護体験(7)

母が入院しておりましたのは、ケアハウスからそれほど離れておりませんでした病院で。


道を挟んで、吉身町のケアセンターがありました。

このケアセンターのケアマネ(ケアマネージャー)さんが、元は看護婦さんだったという。
とても気が効いて、相談ごとにも親身になって下さる方で。

本当にありがたかったのです。



こういったとき、話を・・・例えそれが毎度の愚痴であっても、親身になってもらえると。
それだけで介護者は、とても楽な気持ちになれるのです。



母は、と言うと。
食事も経口で、歩く方もリハビリ出来ていましたが。
おかげで、うろつき(徘徊まではいかない)がひどく。

看護婦さんたちに、迷惑をおかけしてました。




さてこの時点で、私が申し込んでいた特別養護老人ホームは、2軒。
ひとつは前記しました、市立の特養。
もうひとつは、やはり私の住んでおります市内の、私立の特養でした。


が、市内に・・・もうひとつ新しい特養が出来ると、市役所で聞きまして。


お世話になった、老健の・・・・すぐ近くに、新規で。
これも私立のものが、出来ると・・・・。

勿論、即・・・・優先入所申し込みをしました。



その書類審査が、この頃丁度終わって。
実地調査が、入ることに。


とてつもない倍率です、正直・・・書類審査に通ったのは、多分申し込み全体の10%くらいかと。

お二人、調査員の方が来てくださって。
色々とお話も伺い、審査が入り。


残念ながら、待ちリストに入ってしまいました・・・・・。




しかも、悪いことは重なります。


先に書きました、町のケアマネさんはとてもいい方だったのですが。
新しく、病院に入ったケアマネ(ひょっとしたら、相談員?)が・・・・。


こちらは若い男性だったのですが、見事に私の神経を逆なでしてくれました。


ある日、洗濯物を片付けていますと、いきなり呼ばれて。

「もう随分長い入院になるから、次の施設に移って欲しい。
あなたの家の近くの施設を、ここに書き出しておいたから」

そして、私に紙を押し付けて。
こちらが・・・事情を話し始めても、忙しいからといなくなってしまい。


パニクった私は、町のケアマネさんに相談しに行き・・・・・・。

彼女がいなかったら、多分心が折れていただろうと・・思います。




相談員、ケアマネージャー・・・・・・名称どおりに心砕いてくださる方。
マニュアルどおりにしか、動かない人。


あまりにひどい場合は、県や市、町の役所に届出が出来るはずです。

ついでに、他の相談員さんを見つけるのも、手です。



私としては・・・ケアマネとか相談員の、就業条件に。
介護の経験のある無しを、入れて欲しいところですね。



さて、どうして彼がそんなことを言い出したかと言いますと。
例の法律の改悪が、原因でした。


ひとつの病院の入院は・・・3ヶ月まで・・・。

老人病棟の閉鎖、痴呆症などのベッドの減少。

全ては、この改悪が原因なのです。



パニクったり相談したりした結果、もとお世話になった老健に長期入所申し込み。
入所させてくださると言うことで、退院となったわけです。


この老健の施設長さんが、幸い・・・・私のことを憶えていてくださったのと。
空きベッドが、丁度出来たのと。


このときは、申し込んでから1週間位で入所できました。




ただし・・・・・・長期と言っても、建前上限3ヶ月。

状況によっては・・・1年・・くらい。

仮の宿りには、違いないのですが。




それでも、この老健の相談員さんに。

「しばらくは気持ちと身体を、休めてくださいね。
一緒に、考えましょう」


そう言われたときには・・・・本当に嬉しかったのです。


 

かずちん様 ああ、やはり・・・・。 同じように泣いた方は、決して少なくないと思います。それでも、お金に困っていない政治家が政治をしている限り。同じことの繰り返しになるのは、目に見えています。療養施設にお入りになれたお婆様は、お幸せだったと思います・・。かずちん様たちに、そのように思われて。 すでに、その手の施設も・・・減っていっているのですから、この先どうなることか・・!

by. renren

tukiko様
悪法以外の何物でもない、この法律。もっと落とし穴が、あるのです。また詳しく書きますね。
政治やってる連中に、24時間365日介護、させてみたいものです。

by. renren

この三ヶ月の悪法に泣かされている人は多いですね。動けない人を追い出すのですから。どうしてそんな法が出来たのか、日本が心配です。

by. tukiko

亡くなった祖母が大腿骨の骨折で手術をし寝たきりになった時に一番先に突きつけられたのが3ヶ月の期限でした。県外の温泉療養施設に空きが有り何とか入れましたが家族としては納得できなかった事今でも覚えています。痴呆が急激に進み誤嚥性肺炎でその後亡くなりましたが身近な病院や施設に居たら毎日行って話したり世話したりして もしかしたら少しでも痴呆の進行も喰い止められたのではないかと・・・悔やまれます。

by. かずちん


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