ノートです。
戦争で様々な思いをしてきた方の言葉は、なんとも言えない気持ちに駆られます。
以前ノートは戦争関連のノート記事として、以下を書いています。
戦時の忘れえぬ恋
戦争に思う、「真実はどこに・・・」
今回、このような詩を見つけました。以前NHKのテレビでフッと目にした詩。
戦時の若い女性が胸のうちを綴る歌。
記憶を手繰り寄せながら捜しました。
それは、「
茨木 のり子」さんの詩、
『わたしが一番きれいだったとき』

茨木さんは、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人。童話作家、エッセイスト、脚本家でもあります。
わたしが一番きれいだったとき
茨木 のり子
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね
(東京書籍版「新しい国語2」より)
そして、この詩を書いたときを振り返った、茨木さんの言葉がありました。
(『現代詩文庫 茨木のり子詩集』(思潮社 一九六九年)より)

今、お友達ともよく話すんですけど、若い頃ってかろやかな楽しみが多かったですね。ええ、かろやかな。年を取ると重ったるくなっちゃうの、すべてがね。
今はものがあふれてるから、そんなことはあまりお感じにならないかも知れないけど、私たちはもう、靴一足買ってもうれしかったわけよ。それからレインコート買った時のよろこびも忘れられません。そういうささやかな楽しみっていうのはありました。でも、おしゃれをしたいとか、そういうことはできなかったの。
ただ、ああ、今二十歳なんだって思ったときがありました。鏡見たら、目が真っ黒に光っててねえ。うーん、そうか、今二十歳なんだ、今が一番きれいなときかもしれないっていうふうに思ったのね。残念なのは、自分の若さが誰からもかえりみられないということ、特に男性たちから。かえりみられるっていうとおかしいんだけどなあ。
それで、私がラブレターをもらったことがないって書いたら、みんなにびっくりされるんですけどね。ひとっつもないの(笑)。だからやっぱり時代的なものもあるし、それからやっぱり魅力がなかったのかな? 男たちはみんな戦争に負けたってことで、ひどく自信を失ってたと思うのね。だから、そういうさびしさっていうのもあったんだろうなっていうのも、今になって思うんですけどね。
「わたしが一番きれいだったとき」は、はじめはいい気な詩を書いたってみんなに言われたんですよ。一番きれいだなんて自分のこと言ってるってね。ところが、ほんとに自分でも無意識だったんですが、私と同世代の人たちは、自分たちを代弁して、自分たちの世代をうたってくれたっていうふうに読んでくれる人が多くなって。
それから、アメリカのフォークソングの草分けで、ピート・シーガーって人がいるんですが、その人が作曲してくれたんですね。そのときはちょうどベトナム戦争の時だったんです。それで私ははっきり言葉で聞いたわけではないんですが、ピート・シーガーって人は、あれをもっと越えたものとしてとらえてくれたなってうれしさがありました。つまり、ベトナムにはベトナムの、一番美しい時を持った少女たちがいたわけですからね。そういう子たちの思いっていうのもふくめてくれたなって。だから、そういい気な詩ではなかったな、と今になって思うんです。
一番美しいときは、やっぱり最高に輝いてほしいわけ、どこの国の少女たちにもね。戦争なんかで惨憺たる思いさせたくないじゃないですか。そういう願いの詩ととってもらえれば。
あれを書いたのは三十過ぎなんですけど、それまでにもずっとそういう思いっていうのがあったわけではなくて、なんとなく、書きはじめたら最初から最後までつーっといっちゃって、ほとんど推敲しないでできちゃったのね。ちょっと珍しいんです、私にとっては。いつでも途中まで書いて、後で読むといやだなあって思ったりするんですけど。言葉がどんどん並んできたから、やっぱりあれはできるべくしてできた詩かなあ、と。誰かに書かされたかなあって感じもします。
茨木さんの言葉、
「一番美しいときは、やっぱり最高に輝いてほしいわけ、どこの国の少女たちにもね。」
本当にそうだと思います。
女性が、一番美しいときには、一番美しい思い出を持っていて欲しい。
自分もみんなも。
みんな、みんな、「きれいに生きて」ほしいです。