天使の志し
私が初めて、患者さんを看取った時のことです。
病院に来たとき、そのおじいちゃんは既に手術ができない状態でした。
しばらく在宅でかかりつけの先生に診てもらっていましたが、いよいよ具合が悪くなってきたため、私の勤めている病院に入院しました。
衰弱していて、たまに家族の声に目を開けるものの、会話はもうできないでいました。心臓も弱ってきていて、ときどき動きが悪くなるので、もはや、いつそのときがきてもおかしくない状態でした。
とても、愛されていたおじいちゃんだったのでしょう、娘さん(といっても50歳過ぎ)と孫娘(20歳くらい)さんが毎日、お見舞いにきて優しく話しかけていました。
娘さんが半分不満げに、半分嬉しそうにこんなことを教えてくれました。
「先生ね、おじいちゃんったら、私が話しかけてもあんまり反応してくれないのに、孫娘が声をかけると身体を動かしたり、心電図が反応したりするんですよ。昔からこの子はおじいちゃん子だったから…」
「おじいちゃん、分かるんだよね」
ほんとに孫娘さんが話しかけると、おじいちゃんは「可愛い孫娘に呼ばれては、まだ死ねん」と言わんばかりに心臓を動かします。
それでも、確実に病魔はおじいちゃんを蝕んでいきました。昏睡状態になり、心臓が一時的に止まることも出てきました。私も夜中に呼ばれるかもしれないので、あまり眠れない日が続いていました。
「あと2,3日かな」
上司の先生がつぶやいた翌日の夜、携帯にナースコールが入りました。
駆けつけると、娘さんと孫娘さんがいつものように声をかけていました。
もはや心臓は不規則に震えているだけで、血液を送り出すような働きはほとんどしていませんでした。
「おじいちゃん、おじいちゃん。起きてっ!」
人の命ってすごいなと思いました。こんな衰弱しきっているおじいちゃんの心臓が哀願にも似た孫娘さんの声に、ぴくんと反応しました。
「今、ちょっと心電図が動いたわね」
もちろん、それでおじいちゃんが目を醒ますわけではありません。今日がお別れの日だという事は、私たちだけでなく家族も十分分かっていました。
そろそろ、心電図を外さなくてはいけない。
つまり、死亡の確認ということです。
そこへばたばたと上司の先生が来ました。
状況を説明し、上司の先生が死亡確認をして、心電図を外しました。
「何してたんだ。どうして、すぐ死亡確認しなかったんだ」
「すみません」
「亡くなってから、看護婦が清拭をしたり車の手配をしたり、いろいろしなきゃいけないんだぞ。遅れればそれだけ、看護婦が帰る時間も遅くなる。みんなに迷惑がかかるのが分からんのか」
「すみません」
確かにそうです。その通りです。
いたずらに死亡確認を遅らせれば、すべてが後手後手になります。
だから、謝りました。
でも、今も私は間違ったことをしたとは思えません。
いいじゃないですか。
私が謝ってすむなら、5分くらい家族とおじいちゃんとのお別れの時間をあげても。
家族も、おじいちゃんが生き返るなんて思っていません。いくら声をかけて、心臓がちょっと反応しようが、もうお別れの時だとは分かっていたと思います。
でも、それは頭で分かっているだけなんです。
頭で分かっていても、実際声をかけてみて、おじいちゃんの様子を見て、
「ああ、おじいちゃんは亡くなったんだなあ」
そう感じてくれた後で、私は死亡確認をしたかったのです。
~.・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
時は10年ほど前に遡ります。
私は、学生時代に母を亡くしました。
意識がなくなり、最後の方は脳死状態でした。
人工呼吸器をつけて、先生が足先を強く押しても反応はなく、看護婦さんがたんを取るときも嫌がらなくなりました。
家族全員が知っていました。
もう、お母さんは帰っては来ない。
それでも、願っていました。
奇跡が起きて、目を醒ましてほしい。
「車椅子でも、意思疎通ができなくても、なんでもいいから生きていてほしい」
姉は泣きました。
私もまったく同じ気持ちでした。
反応がなくなってから、先生は申し訳程度に診察に来て反応がないのを確認し、足早に去っていきました。
もはや、衰弱していくのを待つだけでした。
今まで、身体の向きを変えたり、痰をとるときに看護婦さんたちは、母に声をかけてくれていました。でも、痰をとっても反応がなくなってからは、私たちに声をかけることはあっても母に話しかけることはなくなりました。
看護婦さんにとっては、母は声をかけても意味のない人なのだな…。
母は聞こえていない、何をされても苦しくないのかもしれない。
それでも、それを見るたびに「この人は死んでいる」とみなされているみたいで心が締め付けられる思いでした。
母が元気になることはない。でも、まだ母は死んではいない。
先生や看護婦さんの態度はやむをえないとは思いながらも、一方でそういう反発の気持ちがありました。
そんな中で、一人だけ声をかけてくれる看護婦さんがいることに気づきました。
「じゃあ、身体動かしますからね」
「痰を取りますよ。ごめんなさいね」
聞こえるわけないのに…。
でも、それからずっと見ていたのですが、その看護婦さんは必ず優しく母に声をかけてくれていました。
もう死んでいるも同然の母なのに、心を込めて看病してくれている。
ありがとう。。。
ただ、声をかける。それだけのことなんですけれど、それが私の心をどれだけ癒してくれたのか…その看護婦さんが天使に見えました。疲れて、さっさと痰をとって、無駄口などたたきたくないと思うこともあったと思います。
医療現場で働くようになって、つくづくあの看護婦さんの行為はなかなかできるものではないと知りました。
~.・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
初めて、私が患者さんを看取った日、私にはああすることしかできませんでした。家族がおじいちゃんの死を受け止める時間を邪魔できませんでした。
母を看病してくれたあの看護婦さんには「天使の志し」があったのだと思います。それを私も心に持っていたい。
上司に嫌味を言われようが、医療従事者としてあまちゃんでもいい。
医療従事者として不適格とみなされるならば仕方ない。
一人の人間としての信念は貫きたい。
悔しい気持ちを噛みしめながら、あたらめて心に誓った夜でした。
病院に来たとき、そのおじいちゃんは既に手術ができない状態でした。
しばらく在宅でかかりつけの先生に診てもらっていましたが、いよいよ具合が悪くなってきたため、私の勤めている病院に入院しました。
衰弱していて、たまに家族の声に目を開けるものの、会話はもうできないでいました。心臓も弱ってきていて、ときどき動きが悪くなるので、もはや、いつそのときがきてもおかしくない状態でした。
とても、愛されていたおじいちゃんだったのでしょう、娘さん(といっても50歳過ぎ)と孫娘(20歳くらい)さんが毎日、お見舞いにきて優しく話しかけていました。
娘さんが半分不満げに、半分嬉しそうにこんなことを教えてくれました。
「先生ね、おじいちゃんったら、私が話しかけてもあんまり反応してくれないのに、孫娘が声をかけると身体を動かしたり、心電図が反応したりするんですよ。昔からこの子はおじいちゃん子だったから…」
「おじいちゃん、分かるんだよね」
ほんとに孫娘さんが話しかけると、おじいちゃんは「可愛い孫娘に呼ばれては、まだ死ねん」と言わんばかりに心臓を動かします。
それでも、確実に病魔はおじいちゃんを蝕んでいきました。昏睡状態になり、心臓が一時的に止まることも出てきました。私も夜中に呼ばれるかもしれないので、あまり眠れない日が続いていました。
「あと2,3日かな」
上司の先生がつぶやいた翌日の夜、携帯にナースコールが入りました。
駆けつけると、娘さんと孫娘さんがいつものように声をかけていました。
もはや心臓は不規則に震えているだけで、血液を送り出すような働きはほとんどしていませんでした。
「おじいちゃん、おじいちゃん。起きてっ!」
人の命ってすごいなと思いました。こんな衰弱しきっているおじいちゃんの心臓が哀願にも似た孫娘さんの声に、ぴくんと反応しました。
「今、ちょっと心電図が動いたわね」
もちろん、それでおじいちゃんが目を醒ますわけではありません。今日がお別れの日だという事は、私たちだけでなく家族も十分分かっていました。
そろそろ、心電図を外さなくてはいけない。
つまり、死亡の確認ということです。
そこへばたばたと上司の先生が来ました。
状況を説明し、上司の先生が死亡確認をして、心電図を外しました。
「何してたんだ。どうして、すぐ死亡確認しなかったんだ」
「すみません」
「亡くなってから、看護婦が清拭をしたり車の手配をしたり、いろいろしなきゃいけないんだぞ。遅れればそれだけ、看護婦が帰る時間も遅くなる。みんなに迷惑がかかるのが分からんのか」
「すみません」
確かにそうです。その通りです。
いたずらに死亡確認を遅らせれば、すべてが後手後手になります。
だから、謝りました。
でも、今も私は間違ったことをしたとは思えません。
いいじゃないですか。
私が謝ってすむなら、5分くらい家族とおじいちゃんとのお別れの時間をあげても。
家族も、おじいちゃんが生き返るなんて思っていません。いくら声をかけて、心臓がちょっと反応しようが、もうお別れの時だとは分かっていたと思います。
でも、それは頭で分かっているだけなんです。
頭で分かっていても、実際声をかけてみて、おじいちゃんの様子を見て、
「ああ、おじいちゃんは亡くなったんだなあ」
そう感じてくれた後で、私は死亡確認をしたかったのです。
~.・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
時は10年ほど前に遡ります。
私は、学生時代に母を亡くしました。
意識がなくなり、最後の方は脳死状態でした。
人工呼吸器をつけて、先生が足先を強く押しても反応はなく、看護婦さんがたんを取るときも嫌がらなくなりました。
家族全員が知っていました。
もう、お母さんは帰っては来ない。
それでも、願っていました。
奇跡が起きて、目を醒ましてほしい。
「車椅子でも、意思疎通ができなくても、なんでもいいから生きていてほしい」
姉は泣きました。
私もまったく同じ気持ちでした。
反応がなくなってから、先生は申し訳程度に診察に来て反応がないのを確認し、足早に去っていきました。
もはや、衰弱していくのを待つだけでした。
今まで、身体の向きを変えたり、痰をとるときに看護婦さんたちは、母に声をかけてくれていました。でも、痰をとっても反応がなくなってからは、私たちに声をかけることはあっても母に話しかけることはなくなりました。
看護婦さんにとっては、母は声をかけても意味のない人なのだな…。
母は聞こえていない、何をされても苦しくないのかもしれない。
それでも、それを見るたびに「この人は死んでいる」とみなされているみたいで心が締め付けられる思いでした。
母が元気になることはない。でも、まだ母は死んではいない。
先生や看護婦さんの態度はやむをえないとは思いながらも、一方でそういう反発の気持ちがありました。
そんな中で、一人だけ声をかけてくれる看護婦さんがいることに気づきました。
「じゃあ、身体動かしますからね」
「痰を取りますよ。ごめんなさいね」
聞こえるわけないのに…。
でも、それからずっと見ていたのですが、その看護婦さんは必ず優しく母に声をかけてくれていました。
もう死んでいるも同然の母なのに、心を込めて看病してくれている。
ありがとう。。。
ただ、声をかける。それだけのことなんですけれど、それが私の心をどれだけ癒してくれたのか…その看護婦さんが天使に見えました。疲れて、さっさと痰をとって、無駄口などたたきたくないと思うこともあったと思います。
医療現場で働くようになって、つくづくあの看護婦さんの行為はなかなかできるものではないと知りました。
~.・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
初めて、私が患者さんを看取った日、私にはああすることしかできませんでした。家族がおじいちゃんの死を受け止める時間を邪魔できませんでした。
母を看病してくれたあの看護婦さんには「天使の志し」があったのだと思います。それを私も心に持っていたい。
上司に嫌味を言われようが、医療従事者としてあまちゃんでもいい。
医療従事者として不適格とみなされるならば仕方ない。
一人の人間としての信念は貫きたい。
悔しい気持ちを噛みしめながら、あたらめて心に誓った夜でした。
B-noteの会員登録(無料)を行うと、女性会員限定の記事を読んだり、記事を投稿したり、記事にコメントすることができます!もちろん全てのサービスが無料でお使いいただけます。

|
|
|
|
|
公開された記事に関して、B-note が内容を保障するものではありません。
















